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食べ物の描写もグー [読んだ本 / 好きな文章]


父の詫び状 <新装版> (文春文庫)

父の詫び状 <新装版> (文春文庫)

  • 作者: 向田 邦子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2005/08/03
  • メディア: 文庫

脚本家だった故・向田邦子の有名なエッセイ集です。
本書に収められている一編をひょんなきっかけで読み、思わずホロリ。それ以来長いこと全部をちゃんと読みたいなと思っていて、やっと願いが果たせました。長年読み継がれているだけあって、期待以上に素敵な本だったぜよ。

向田さんの子ども時代の話が多いんだけど、彼女が1929年(昭和4年)生まれなので、戦時中の話や、いわゆる戦後の出来事もたくさん出てきます。他にも脚本家として独立したあとのこととか。その中でも、特に家族にまつわる話がいろいろと書かれていて、それがしみじみとした味わい満点。心に染み入ります。

家では家族にささいなことで怒鳴り散らす、「昭和」を絵に描いたような父親。そんな夫と子どもたちを温かく見守る母親。現代ではなかなかお目にかからなくなった家族の光景を、おもしろエピソードや切ない出来事を絡めつつ、さばさばしたタッチながらも鮮やかに描き出しています。重すぎず軽すぎず。本当にこの人文章が上手いと思った。オレに言われたくないっつうのな。

例えばこんなの。こんなに引用したら、著作権の怖い人に怒られてしまうかしらん…。

 お八つは固パンと炒り大豆がせいぜいだった戦争が終って、一時期父はカルメ焼きに凝ったことがある。仙台支店長だった頃だが、夕食が終ると子供たちを火鉢のまわりに集めて、父のカルメ焼きが始まる。こういう時、四人きょうだい全部が揃わないと機嫌が悪いので、
「勉強もあるだろうけど、頼むから並んで頂戴よ」
と母が小声で頼んで廻り、私達は仕方なく全員集合ということになる。父は、自分で買ってきたカルメ焼き用の赤銅の玉杓子の中に、一回分の赤ザラメを慎重に入れて火にかける。
「これは邦子のだ」
まじめくさっていうので、私も仕方なく、
「ハイ」
なるべく有難そうに返事をする。 
  
(本書収録の『お八つの時間』より)

普段、本なんか全然読まないくせに、エッセイというジャンルを心のどこかで軽んじていた自分が正直おりました。小説に比べたら物語性に乏しく(当たり前)て面白みがないし、ノンフィクションに比べたら得られる知識など「実」が少ない。いったい何なんだよ。何が言いたいんだよ。はっきりせいや!みたいにね。
でも、エッセイやら随筆やらでしか書けない領域というものもあるのですね。仰々しい文ではなく、軽いタッチで書かれているからこそ心に入ってきやすいという。このバカチンにようやく気づかせてくれてありがとう向田さん。

ちなみに、たまたま読んだ一編というのは『ねずみ花火』という話。小学生の弟に母一人子一人で暮らす貧乏な友だちがいて、普段は子どもの友だちになんかちっとも構ったりしない父親が、その男の子だけはなぜか優しくしてあげるんだけど…っていうエピソードです。本屋で立ち読みして泣いても、お母さん知りませんからね!
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