麦ふみクーツェ (新潮文庫)

  • 作者: いしい しんじ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/07
  • メディア: 文庫

前に人からせっかく貸してもらったのに読む時間がなくて、そのまま返してしまった本。でも、やっぱ気になって、いまさら自分で買っていまさら読んでます。したら、すっごく面白い。
以下、あらすじを知らない人には何のことやらちんぷんかんぷんだろうけど、ぼくはそんなことお構いなしに、好きな場面(好きな文)を引用してやるんだ。このシーンは特にギュッときた。

「くやしいぜ。おれがあのようすを、みごとなマーチなんかにして、きかせてやったならさ、みんなのおんちがふきとぶんじゃないか、って、おれ、なぜかそんなきがするんだよな。マーチでなくともいい。なにかひとつ、さえたみじかいメロディだけでいいのかもしれない。そうすればきっとみみがとおる。みんなもともと、おんちなんかじゃないんだからさ。あれは、たぶん、せいしんてきなストレスからきてることなんだよ」

「難しいことば、知ってるんだね」

「いやいや」

と用務員さんは真っ赤になり、「どんなこむずかしいことばしってようが、きょくがうかばねえんじゃどうしようもねえ。おれ、まちのみんなにずいぶんせわになってきたよ。ねこ(※主人公の名前)、おまえのじいさんにもな。おれだけ、ねずみのあめかぜにも、へいちゃらだった。わるくってな。おれ、おんがえしがしたいんだよ。まちのみんなに」

そして猿みたいな笑い顔になって、

「でもな、おんがくが、ぜんぜんうかばねえのよ」

あの表情はたぶん、泣いてたんだと思う。

本書112ページより