東京夜話 (新潮文庫)

  • 作者: いしい しんじ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/11
  • メディア: 文庫

こないだ感想文みたいな何かを書いたスティーヴン・キングの『ローズ・マダー』は上下巻を読み続けるのが飽きそうだった(え!? あんだけ面白いとか言ってたのに!)から、その2冊の間にこれを読みました。いしいしんじの「『ぶらんこ乗り』の前史時代、原石の魅力が煌く幻のデビュー短篇集」(裏表紙より)だそうで。

18話それぞれの短篇に下北沢だとか田町だとか霞ヶ関だとか、各エピソードの舞台となる東京の地名が掲げられていて、それをざっと眺めるだけで何だか楽しい。そして、それぞれの内容もバラエティー豊かで、不思議なものもあれば切ないものも、あるいは可笑しかったりちょっとゾッとするようなものも。この本、好きだな。

とりわけ気に入ったのは、古書店街で不思議なじじいと出会う「老将軍のオセロゲーム 神保町」、大海原を股にしてのロマンスを描く「クロマグロとシロザケ 築地」、捨てられたダッチワイフとの切ない話「天使はジェット気流に乗って 新宿ゴールデン街」、"先生"と呼ばれるホームレスとのほんわかした交流がテーマの「吾妻橋の下、イヌは流れる 浅草」の4つかしらん。他にも面白い話がもちろんあったし、やっぱこの人うまいなー。

さいごに、「老将軍のオセロゲーム」から好きな文章を。おまえ何かっつうとすぐ引用すんのな!
 神保町ほど「内と外」のコントラストが鮮やかな場所はない。他人がいて、会話があって、太陽が照って風が吹く。そういう「外」を、「内」、つまり店の中ではまったく意識することがない。洋書専門店の二階にいたりすると、外で世界が終わってしまっていてもきっと気づかないだろう。核シェルターが欲しい人は古本屋で働くことだ。

 本は違った世界への扉を開く、と小学校で国語の教師が口酸っぱく言っていた。たしかにその通りだ、とぼくは思った。そのかわり、表紙をめくると背後でもうひとつの扉が閉まる。本は「外」の世界を一時的にしろ滅ぼしてしまう。

 古本は、それぞれ一冊がいろんな世界を滅ぼしてきた。兵器としての年季が、そこらの新刊本とは違うのだ。もはや「なにかのため」に書かれる実用書などは、兵器として用をなさない。