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原題が"The Forever War"で、なかなか良い邦題だなとおもつた [読んだ本 / 好きな文章]


そして戦争は終わらない 〜「テロとの戦い」の現場から

そして戦争は終わらない 〜「テロとの戦い」の現場から

  • 作者: デクスター フィルキンス
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2009/07
  • メディア: 単行本

2001年の同時多発テロ以来、混迷する世界と複雑化する国際関係ならびにわが日本政府の対応をひたすらに検証し続けている当ブログとしては、この本を看過できようはずがない。

っつうのはいつも通りの冗談だとして、何年か前に新聞の書評欄で気になったので、市の図書館から借りてやっとこさ読んでみた。内容としては、新聞社に属するアメリカ人ジャーナリストがアフガニスタンとイラクで展開する米軍に従軍して、戦地の内情をルポったもの。ページ数から言うと、アフガン2割:イラク8割で、後者に力点が置かれてます。

政治家や一介の米兵、米軍の交戦相手つまり現地のアフガン兵やイラク人にインタビューをねっとり繰り返して、そこで繰り広げられる戦争を内側から多面的に掘り下げようとしてる。その組み立てがカチッとしてるわけではなく、だから、これを読んでも戦争の全体像が分かりやすくバシッと理解できはしないとたぶん思う。むしろ、読後感としてはモヤモヤとした印象。でも、それは決してネガティブな意味ではないです。

アメリカ軍とイラクやアフガンの武装勢力、それぞれが何のために戦うのかについて、個別的・部分的には分かる。けれど、じゃあ全体としての構図というか、分かりやすい枠組みみたいなものは見えてこなくて、まさにそここそが世界大戦以前の「典型的(?)戦争」とイラク・アフガン戦線とが全然違う部分なんだなというのを強く感じました。また何言ってんのかよく分かんない文章ですね、すんません。かくなるうえは、本文を引用してお茶を濁し、至急その記事から脱出する作戦を展開せよ。ラジャー。

 戦争が長引くと、米軍の将校は略称を使いがちになる。たとえば“AQI”(イラクのアルカイダ)とか“AIF”(反イラク勢力)など。私たち記者も同じで、“武装勢力”や“ゲリラ”など、特定の勢力が特定の軍服や旗を掲げているような言い方を使う。そんな勢力など存在しないのに。武装勢力とはイラク人のことだ。イラク人が武装勢力なのだ。彼らは戦うこともあるが、戦わない残りの時間は、他の人々と同じように何もしないでただ立っている。
 それは米軍をいらつかせる。村々を捜索していると、道路脇に立つイラク人を見つけることがある。その男は、部隊が通り過ぎる時間と速度を記録している。間違いなく武装勢力のために。しかし、何もしないで立っているだけの男を撃てるだろうか。屋根の上にいる男を見つけることもある。男は15メートル先にいて、部隊のルートを追跡記録しているのだ。武装勢力は影に隠れて潜伏しているわけではない。彼らは影そのものなのだ。軽やかに、光と共に移動する影なのである。
 目撃者は絶対にいない。運よくイラク人から答えを引き出せたとしても、判で押したように、ミサイルを撃った連中は、もしくは爆弾を埋めたやつは、屋根から銃撃した男たちは、別の場所から、村の外から、外国からやって来たのだと言う。向こうの左に見える三番目の家の男がやったんだ、と具体的に教えてくれる市民はめったにいない。
 イラク人が嘘つきだと言っているのではない。嘘をついて当たり前なのだ。米軍の信頼を勝ち取ること以上に、彼らにも事情がある。米軍が帰っていったあとも、彼らはそこで暮らしていく。彼らも生きていかねばならないし、子供たちのことを考えなければならない。イラク人にとって、米軍の中で暮らすのは、二重生活をするのと同じだ。米軍の期待に応える生活と、米軍が故郷に戻ったときから始まる本当の生活。それを考えて暮らさなければならないのだ。

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